The First State からの贈り物

The First Stateのデラウェア州から南部に属するテネシー州に引っ越しました。北東部とはまた違ったアメリカの姿、ニュースを盛りだくさんにお知らせします。
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大変だった引越し
デラウェア州から別の州に引っ越しました。ブログのタイトルを変えようかと思いましたが、それも面倒くさいのでちょっと考え中です。

それにしても今回の引越しは大変でした。家を売るための修理、手直し、そして引越しの実際の仕事といったいどうなるのかしらと思いましたが何とか一段落です。数日間休んで荷物の積み下ろしに体力を回復します。

今回、荷造りにかかった日にちが約2日間。そして車輪が18輪あるトレーラーに積み込むのに1日費やされました。

7日の月曜日、8時半に来るはずの引越し業者が10時になっても姿を現しません。私が日程を勘違いしていたかしらと青くなってオフィスに電話を入れると、女性が「今日のはずよ。ちょっと待ってね」と電話を保留。1分位して「道が混んでいるから遅れるみたい」といとも簡単に言ってのけてくれました。それから待つこと30分。男性が3人やってきました。3人がすべての作業をし、トレーラーを運転し、荷物の積み下ろしもするということでした。

14日の月曜日に引越し先で荷物を下ろす予定でしたが、彼らに伝わっていた情報は16日の水曜日が積み下ろしの日というもの。あわてた主人は運送業者に電話。埒が明かないために会社に電話。(転勤なのですべて会社を通しての作業になっています。)戦ったあげくに真ん中の15日の火曜日ということになりました。引越し業者間での連絡がきちんと取れていなかったようです。同じことが1ヶ月前に引っ越した家族にも起こっていたと聞きましたから意外と日常茶飯事なのかも…

7日の朝来るのが遅いものだから昼食を食べる時間もなく、かわいそうなのでサンドイッチを買いに行ってランチを提供。夕方は4時くらいに終わる予定が7時まで。8日の日はしっかり時間に来ましたけれどね。

そしてまた問題が。見積もりに来た人が我が家の前の道路にトレーラーをバックさせれば入れると豪語して帰っていったもののパックに来た運転手が言うには「とても無理。」少しはなれたところにトレーラーを止めて小型のトラックで行き来して荷物を運ぶとか…「え?」それってすごく時間がかかることじゃない?と思いながらも仕方がありません。わざわざ小型のトラックに箱やら家具やら詰め込んでから目と鼻の先に止めてあるトレーラーで下ろしてまた積み込んでいました。2倍の作業。でも道路が狭いから仕方がない。

よけいな作業もあり、パックしたり荷物を運んでいる1人の青年の機嫌が見る見るうちに悪くなっていきました。それを見かねたリーダーらしき人が、

「サボってばかりいたらこの仕事はできないぞ」
「いい加減にしろ。まじめに仕事をする癖をつけないと食べていけないぞ」

と怒鳴っているではありませんか。事情を聞くとその青年はリーダーのいとこに当たるそうで、おばあちゃんに頼まれたものだからリーダーも嫌とは言えずに一緒のグループに入れて働いているとか。しかしだいぶ頭にきている様子。気の毒に思いながらも我が家の荷物は大丈夫かしら?と不安が頭を持ち上げてきました。

そして最後の日9日。いつになっても終わりません。青年はサボってタバコを吸っているし。終わったのは夜の11時近く。待っている私たちもへとへと。次の朝早くに起きて掃除をして大型のごみを捨てて、昼過ぎには出発しなくてはならなかったのに夕食もろくに食べられませんでした。

きわめつけ。引越し直前の家の掃除をして、(あとでプロのお掃除やさんにきてもらう予定だったのですが、たつ鳥あとを濁さず、です。)出かけようとしたときに庭の木の近くに落ちていたのがタバコの吸殻と家にあった新しいチャッカマンのパッケージ。そういえば積み込めないといわれて洗面所においてあったチャッカマンがなくなってはいたなと思ったけれど、忙しくて深く気にもとめなかったら彼がタバコに火をつけるために持って行ったらしい… 小さなものだからいいけど、でもそれってもしかしたら泥棒? 

そうそう、子供の部屋の見回りをしたら捨てるはずのたんすの引き出しの中に次男の枕が1つずつ2段に入っていました。次男に聞いたら、「枕はベッドの上においておいたよ。どうしてたんすにしまうのさ」といわれてしまいました。そうですよね。枕はたんすにはしまいません。

また、皆がトレーラーに戻ってからもリーダーは家中を見回りラジカセを持ってきました。そして 「これって積むんですか?」あまりに気の毒で、
「車に積んでいくから大丈夫」といいましたが、彼は怒っていましたね。

ということでとにかく大変な3日間でした。それ以外にもいろいろなことはあったし。でもとにかく引っ越し荷物が家を出て、自分たちの新しい土地についてホッとしています。でも、こんないい加減な人たちに自分の大切な荷物を預けるのは心配です。リーダーの人はとてもしっかりしていました。責任感もあり、自分が一番一生懸命動いていました。しかし使っている一人の青年が足を引っ張ったらそれはリーダーの責任になってしまいますからね。チャッカマンと枕の件は一応彼に伝えようと思います。責める気持ちはありません。しかしリーダーとしたら知っておかなくてはならないことだと判断したからです。

また新しい場所からのブログを書きます。これからもよろしくお願いいたします。

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Thank youを言わない
ここ数年間、感じること。Thank youを言わない人が多くなってきていると…

さっき、コンビニに行って買い物をしました。レジのお姉さん、椅子に座って暇そうにしていましたが、私が品物を持っていったら面倒くさそうに立ち上がりレジを打ちました。

「Thank you」と言ったら、「You’re welcome」だけ。買い物をしている私には「Thank you」はありません。多いんですよ。こういう会話。もちろんレジを打ったり商品を袋に入れてくれた好意に対して私は「Thank you」を言うわけですがそこで買い物をしていることに対しての「Thank you」はない… 

どうも自分がそのお店から給料をもらっていると言う観念がないらしい。客がそこの店で買い物をしなくなったら店がやっていけなくなり、そうなったら自分が仕事を失う可能性もあるかもしれないということが順番に考えられないみたい。それともそんなことになるわけはないと思うのかな。

だからときどきとてもていねいな店員さんに会うと驚いて嬉しくなるくらい。日本だったら当たり前のように毎日接しているサービスをここで受けることはほとんどないかな。南部のほうに行くともっと違うみたいだけれど。Southern Hospitalityと言う言葉があるくらいで人々はもっと親切と言う話。逆にボストンの人たちはもっと冷たいと言うことも聞いたことがあります。

まぁ、どれもこれも自分の経験に基づいたものだろうからそうではない経験をした人もいるだろうからあまり断定的なことをいったらいけないことはわかるのだけれど、毎日のようにこのような経験をしていると「うーん」とうなりたくなる気持ちもわかっていただけますよね…

店員さん同士でおしゃべりしていて客に注意を払わない人、だから作業の手は遅くていったいいつになったらお金が払えるのか永遠に待たされていることもあるし、私がお金を差し出しているのに、隣のレジの人のおしゃべりに口を挟んでまったく気がつかない人もいるしね。

こんな経験ばかりしていると日本のよさを感じます。「それではなぜアメリカに住んでいるの?」と言われそうだけれどね。そういわれるとちょっと困ります。その話になると長くなるのでそれはまた別の機会に。
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時は金なり。
どうも家関係のことばかりの話題に偏りすぎていると反省しながら、毎日請け負い業者の人たちと接しているのでどうしてもそういう話題になってしまいます。ごめんなさい。

最近感じること。「時は金なり」「金」とはいってもお金のことだけではなくて貴重であるということなのでしょうが、本当に身にしみて思います。

できるだけ工事にかかる費用を抑えようとして個人的に人から聞いた業者に電話をして見積もりをしてもらいます。大きな会社から派遣されてくる人たちは途中の利益を取られますからもちろん見積もりの額は個人の人に比べてかなり高めになります。ここで、考えることが必要です。

大きな会社に頼むときの利点。必ず前もってスケジュールの連絡が来て、日程と時によっては時間帯まできちんと指定してくること。何かでこれないときには必ず連絡も来るし、それなりのアフターケアがあります。たとえばきちんと片づけをしていくとかごみもすべて持っていってくれるなど。さらに、家の中での仕事を頼むときに気になることですが、派遣されてくる人の名前も予約を取るときに告げてくれるので、本当にその会社の人かを確認するのにも役立ちますし、それまでに犯罪歴がないかなどのバックグラウンドチェックをしている会社もあります。これ、結構大切です。変な人が家の中に入ってくるのはいやですから。

逆に欠点はやはり高いこと。個人で作業をしに来る人に比べて3倍くらいの作業費を要求されます。この差、大きいのですよ。個人の人に頼んだときの差が何万という単位になるととても悩みます。

しかしです。個人の人に頼んだときに起こりがちなのが、いい加減であること。来るといった日にこない。電話もしてこない。正しい材料を持ってこない。仕事の途中で帰ってしまう。片づけをきちんとしていかない… 言い出したらきりがないのですけれどね。だから、修理に来てくれるといわれている日には朝から家で待ちます。しかし来るといった時間をすぎても気配はありません。そのうち日は暮れて電話も来なくてとにかくいやーな気分に陥ります。もう2度とその人には頼みませんけれどね。

次の日にまた電話をしてくるようにどうしたのかと聞くと、なんだかわけのわからない言い訳。そして「その日の午後に必ず来るから」、という言葉。「仕方がない」、とまたひたすら待ちますがまたなしにつぶて。こうしてひどいときには数日待ちぼうけの日が続きます。他の予定もすべてキャンセルして家にいて、もちろん家での用事は済ませられますが、修理してもらいたいものはずっとそのままです。このいい加減さ、まったく勘弁なりません。

そう、修理全体にどれくらいのお金がかかるかにもよりますが、少しのお金を節約しようとして時間を無駄にすること、イライラすることは決して精神衛生上よくないみたいです。とにかくストレスがたまります。しかしこういう人たち、来るといった日にこなくても気にならないのかしら? 忘れてしまうのか、連絡などしなくても別によいと思うのか… 私とはまったく別の人種のようです。

こういう人もいるかと思えば、個人で仕事をしていても自分の評判をとても大切にしたいからといってきちんと時間通りにやってくる人も必ずいます。そういう人たちは仕事の腕にもよりますが成功していくのですよね。自分が一生懸命まじめに仕事をしていれば、成功していける国なのでしょう。それにしても当たり前と思えるようなことができない人たち、しかもよい年齢の人たちですよ。注意してくれる人がいないのでしょうか? それともまわりに同じような人たちが集まっているのかしらね? 自分の言葉と行動には責任を持ってほしいものです。

時間が大切だと思えない人たちとはあまり仕事をしたくありません。

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テレビでのスポーツ放映。
日曜日の今日、朝からテニスのフレンチオープン、サッカーのワールドカップ、プロ野球はもちろん、NASCAR,そして女子ゴルフのマクドナルドオープンと目白押しのスポーツ放映でした。

サッカーのワールドカップは特にどの試合も放映するという触れ込みですので、たくさんサッカーが見られますからサッカーファンには嬉しい限り。明日の朝8:55からは日本対オーストラリア戦が放映予定になっています。おかしいのは、自分の祖国の試合がある朝放映される日は、会社に遅刻して出勤する人もたくさんいること。そして私がよく利用している日本食も売っている韓国の食料品店のおじさん。韓国の試合がある日はその試合の時間に合わせて店を開くとか。まぁ、そこまで夢中になるなんてすごい。

今日の女子ゴルフのマクドナルドオープン、宮里藍ちゃんががんばっているから一生懸命見ていたのに、テレビがうつすのはミッシェル・ウェイ、パク・セリ(彼女はタイブレーカーの末の優勝ですから仕方がないとしても)そしてキャリー・ウェブばっかり。藍ちゃんも同じスコアでがんばっているときにも「藍」の一言もなかったし。もっとも私が見始めたのはもう藍ちゃんが12ホールにいるときだから、その前には画面にいたかもしれません。昨日は確かインタビューを受けていました。

勝てなかったのにミッシェル・ウェイは長いインタビューを受けていて人々の期待度が高いことを物語っていました。それにしても女子ゴルフには韓国選手、がんばっていますね。すごい、すごい。日本の選手たちにもぜひがんばっていただきたいです。スポーツ選手をアイドルにしている場合ではありません。

そしてNASCAR。これはアメリカにしかないと聞きましたが、あまり大きくないコースをぐるぐる回って一位でチェッカーをもらった人が勝ち、というなんとも単純に見えるスポーツです。単純なんていったら怒られそう。ピットの人たちのタイヤを変えるスピードのすばやいこと。その間に給油して窓ガラスを拭いてと驚くような速さです。車を見ているよりもピットの人たちを見ていたほうがおもしろい、なんてね。

ガソリン高騰のこのときに、あんなにたくさん車を長距離走らせてよいものなのかしら?なんてぶつぶついいながら見てしまいました。NASCARはアメリカ人にとても人気が高いのです。トラックをまわるだけなので難しいヘアピンカーブなどは一切ありません。ただみずすましのように400周かな?まわっている車を見るのですが、それでも結構煙を吐く車。今日はブレーキパッドが事故の衝撃で飛んだのか、ブレーキパッドが飛んだから事故ったのかわからないけれど壁にぶつかっている車もいました。ドライバーは無事でしたが。

ちょっと野球の影が薄くなっています。NBAのチャンピオンシップもやっているし。マイアミヒート対ダラスマーベリックスが全米一の座をねらって試合をしています。

それにしてもスポーツの中継が多い日曜日でした。

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手編みのショール
家から車で5分くらい離れたところに、お金持ちが集まるらしきショッピングセンターがあります。店構えも立派ですし、確かにおいてあるものも素敵で価格もデラウェアとは思えない価格がついています。一歩店に入ると少しお年を召してきれいな洋服を身にまとう女性たちが楽しげにショッピング。

こういう店に共通なのがなぜか店員さんまでもがお金持ちそうに振舞っていること。ほら、代官山などのいわゆるファッショナブルなブティックの店員さんたち。まるで自分たちがファッションの先端を行っているような態度を取っている人たち。彼らは単なるお店の人…ではないのかな? 買いに来ている人たちもなぜか下手に出ているのがオモシロイ。

話を元に戻すと、そこのショッピングセンターで見かけた素敵なショール。手にとって見ると肌触りといい、重さといいなんとも言われぬステキな感触。素材はコットンとナイロンの混紡の糸。ではお値段は、と値札をひっくり返してみたら、な、な、なんと125ドルではありませんか。

糸は確かお店で12ドルくらいで売っているもの。編み方だって全然難しくありません。三角形のショールにするように目を増やしながらガーター編みをするだけだもの。それでなぜ125ドルという値段がつくわけ? と驚き怒った私はその足で毛糸やさんへ。(つき合わされた主人には感謝の言葉をここで。ありがとうございました)毛糸を買い込んで帰ってきました。

アメリカサイズ15号の編み針を準備して3目から編み始めました。何だ、時間だって余りかからないじゃない。とさっさと本体を編み上げました。しかし、次に面倒くさいことが私を待っていることにはうすうす気がついていたのですが… そう、フリンジをサイド2辺につけなくてはならない。フリンジ用に糸を同じ長さでたくさん切らなくてはならず、3本ずつ集めて半分に折りショール本体に取り付けていく作業が時間がかかることかかること。

編み始めてからすべて1人でしたら約4時間かかりました。125ドルから毛糸2玉代を引いて100ドル(原価で購入していたらずっと毛糸が安いのでしょうけれど、私は小売価格で計算しました) 人を雇って編んでもらっているに違いないでしょう。最低賃金だとすると1時間当たり6ドル75セント。4時間だから4倍して27ドル。ということは単純計算で利益は73ドルということ。(まぁ、細かな輸送費とかお店にかかる費用は他にもたくさん商品があるので、ここでは考えていません)それって、すごい商売よね。

なんとなく納得が行かなかった私はすごい勢いで3枚編んでしまいました。その陰には日本から遊びに来ている母の活躍がありました。私が本体を編んでいるうちに、フリンジとなる長さの糸を切りそろえ、3本ずつきちんと並べてくれたのです。だから何も考えることなく本体にさっさとフリンジをつけていくだけで完成。ものすごい達成感です。ちょっとフリンジの長さに不ぞろいさが見えますが、それは手つくりのよさ、ということでいいかな、と自己満足しています。

それにしても、これを125ドルで売ろうとは思えません。あまりに暴利だわ。

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モールのカフェテリア
デパート、各種の店が並ぶモールにあるカフェテリア。週末のランチ時になるととても混雑します。席に案内されて食べるレストランに比べて手頃ですからね。どのような店が並んでいるかというと、必ずといってよいくらいあるのがピザ店、ファーストフード、特にマクドナルド、バーガーキングのようにハンバーガーを売る店、チャイニーズフード、サブウェイなどのサンドイッチを売る店、それにハーゲンダッツ。

最近は健康志向が増えてきたせいかサラダ専門店もちらりほらりと見えています。そのほかにはシナボン、Mts. Field’sというクッキーのお店、プレッツェルを売る店もよく見かけます。

お腹がすいてもあまり食欲をそそるものがないカフェテリアなので素通りしてしまうことが多いのですが、人が何を食べているかを見るのは大好き。変なおばさんになりついつい人の手元を見つめてしまいます。

サラダバーの列に並ぶ人が多くなりましたね。サラダの種類も増えているし。これはよいことかなと思いながら生野菜なのでどの程度きれいな水で洗われているかは心配です。かといってそうそう食べるわけではない私はいいかな、とも思ったりします。ドレッシングもmixするかon the sideで別にもらうか選べるのも嬉しいです。

若い男性たちはサラダバーに魅力を感じないらしく、ピザ、ハンバーガーが多いですね。ピザを食べる人たちはさすがにポテトは食べていません。というかセット(こちらではコンボと呼びます。)にならないかな。ピザのスライスを2枚にコーラ、もしくはハンバーガーにポテト、それにコーラを食べている男性はたくさんいます。我が家の次男坊はピザ3枚食べます。

家の近くのモールにホットドッグの店もありますが、前より買っている人が少なくなっているような印象を持っています。ホットドッグにポテトなんてすごすぎる取り合わせ。クッキーはいつもアメリカ人に人気ですから時間も関係なく人が買い物をしています。

先日、ランチ時にシナボンであのでかいシナモンロールを一つ買ってきてもくもくと食べていていた10代の女性。1つ食べ終わって足りなかったらしくもう一つ買ってきて食べてしまったのには驚きました。あれって、1つの1/4食べれば胸が焼けそうな甘さなのに…太るはずですよね。

こうして書いてみるとでんぷん質の食べ物が多いですね。チャイニーズフードはその中でも野菜が豊富に使われていますが、油とMSGを考えるとつい足が遠のきます。

というわけで結局スタバでカフェラテを買い、すいたおなかをごまかし家に帰ってきて冷蔵庫の中をのぞくことがほとんどです。

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最低賃金の生活(本から)
Nickel and Dimed: On (Not) Getting by in America (Spare Change?) Nickel and Dimed: On (Not) Getting by in America (Spare Change?) Barbara Ehrenreich

さっき読み終わった本、「Nickel and Dimed」中に面白い一説があったので紹介します。

この本は2つも3つも仕事を掛け持ちしながら毎日を必死で生きているアメリカ人がどのようにして生活しているのだろうかと疑問に思った作家が、アメリカの中を転々としながら最低賃金の生活を経験し、感じたこと、見たことを綴ったノンフィクションです。

‘ You might think that unskilled jobs would be a snap for someone who holds a Ph.D. and whose normal line of work requires learning entirely new things every couple of week. Not so. The first thing I discovered is that no job, no matter how lowly, is truly “unskilled”… Whatever my accomplishments in the rest of my life, in the low-wage work world I was a person of average ability – capable of learning the job and also capable of screwing up.’

作者は生物学のPh.D を持っています。上の文章を要約すると、

「新しいことを学び続けている博士号を持っている人にとったら技術を必要としない仕事なんて簡単にやりこなせると思うでしょうね。でも、それは違う。どれだけ技術を必要としないといってもまったく「技術がいらない」仕事なんてないことに最初に気がついたわ。(中略)私の人生でこれから何を成し遂げられるかわからないけれど、最低賃金の世界では私は「ごく普通の労働者」でしかなかったの。仕事を学ぶ能力もあったけれど、失敗も同じくらいしたわ」

この本はとても面白かったですね。私たちが目にしていることであってもその裏で何が起こっているのかほとんど知らない世界を映し出しています。上で紹介した文章は、普段おそらく私たちと同じように生活をしている(住む家があり、ドアには鍵がかかり、窓にはスクリーンがついている。お風呂、シャワーは好きなときに浴びることができ、食べることにも困らない。毎日、このような基本的なことに心配なく生活ができている)作者が、自分が考えていたことが覆されたことに気がついているのです。

私も、unskilled laborなんていつでも誰でもできると軽く思っていたフシがあります。しかしこの本を読んでいくうちに、いや、そうではない。そんな簡単なものではないと頭を打ちのめされたような気になりました。これはダメだ。食べていけなくなったら、こういう仕事をすれば何とかなるだろう、何という考えの甘さを知らされました。それを作者は最後のほうできちんとこのような文章にしていたのです。

もしかしたらそれしかできない人たちなのかもしれない。けれども一生懸命に生きていこうとする姿は私たちとはなんら変わりがありません。彼らの生活を少しでも垣間見ることができてそういう仕事をしている人を見る目が少し変わったように自分では感じています。

そしてそういう人たちを生み出している現状。彼らだけに原因があるわけではなさそうです。そして貪欲なコーポレートアメリカについてはもっと知らなくてはならないことがたくさんあります。もう少し書きたいですが、それは次回に。

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